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specialo 2023 会報

佐々木さんを悼む

VERDA GEMO   Speciala numero

石川尚志

佐々木照央さんが逝ってしまった。私より4歳も若いのに。最近の私にとって最も親しいエスペランティストだった。『危険な言語』を一緒に訳していたから連絡を取り合っていた。

佐々木さんと言えば、サイゼリア。そこでの赤ワインとエスカルゴである。彼の最寄りの駅は武蔵野線の西浦和、私は東上線の柳瀬川。彼は隣の北朝霞、私は二つめの朝霞台で駅が繋がっているので、そこで落ち合いサイゼリアに繰り込む。一杯百円の赤ワイン。二人共年金生活者なので贅沢はできない。ワインはまあまあ、グラスがプラスチックなのが興ざめだが、安いのだからしかたない。昨年の3月16日にそこでワインを飲みつつ二日後の出版社訪問の打ち合わせをした。もちろん話題は2月のロシアによるウクライナ侵攻に及んだ。彼はロシア語の専門家、ロシア思想史で社会学博士となった人であり、ロシアもウクライナも度々訪問している。もちろん、ロシアの侵略に対する批判は厳しかったが、ウクライナのマイダン革命の経過などに対しても厳しい見方を示していた。二日後の都内の出版社訪問は実務的な話で終始、あっさりと別れた。それが実際に会った最後である。

今、佐々木さんとのLINEのやりとりを点検していて、2021年の12月2日に受信した内容に「本日ガンマナイフ手術終了、脳下垂体腫瘍を切除。医術の進歩に驚嘆」とあるのに気づいた。すでに2021年の秋ごろから眼の異常を訴えていたが眼科の範囲ではなく、脳神経科あるいは脳外科の対象となっていたのだった。3月までは体の不調を訴えることもあまりなかったが、4月になってLINEのビデオ通話に左眼に眼帯をして現れるようになった。それからの佐々木さんは、数度のガンマナイフ手術、経鼻手術、開頭手術を重ねたが効果なく、今年の2月に亡くなられたわけである。

昨年の晩秋までに佐々木さんは『危険な言語』の自分の分担を終え、一方の眼だけで痛みに耐えつつ、いろいろな仕事に打ち込んでいた。10月8日のLINEでは、「小学館からのエロシェンコ著作集は出版の最終段階、荘子ももうすぐJEIに到着。どちらか実現したらいつものようにワインで乾杯したいですね」とあった。だが、それももうかなわない。

3月2日の葬儀には密葬とはいえ、関東連盟の山野さん、ロンド・コルノの菊島さんと共に参列してお別れすることができた。佐々木さんの残されたものは多大である。墨子、荘子、荀子はエスペラント初訳であり、彼は日・中・英の訳、評釈を参照、批判的に吟味して自己の訳を完成した。私に残された多くはない時間を佐々木さんに献杯しつつ、中国古典の未読に充てたい。

2023年3月